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日本の鍵の歴史は古いものの、世界では紀元前2000年ごろにエジプト錠が存在していたとされています。日本はその頃まだ縄文時代後期となり、発展の違いを感じさせます。またエジプト錠は単純なつっかけ棒ではなく、今の鍵と同じような原理でかんぬき・錠前とシリンダーの役割を果たすピン・そして鍵を使って開ける複雑なものですので、それが今から4000年ほど前に作られていることに驚きますね。
日本の鍵では1998年に羽曳野市の野々上遺跡で見つかった海老錠が最も古い鍵となっています。海老錠の由来はエビのような半円に模られた形であったから、また作りは南京錠となります。バネを鍵を挿しこんで押さえることによって鍵が開く様になっており、中国など飛鳥時代に大陸から伝わったものとされています。
ただし、このような南京錠は庶民には縁がなく、蔵を持っているようなお金持ちが取り付けていたものであり、簡単に開けられる飾りのようなものもある。
江戸時代に入ってからは戦乱も減り治安が良くなり、武家・商人が財を持つようになりました。そうすると蔵にかける和錠の需要が高まり、もともと鍛冶職人だった者達が阿波錠・土佐錠・安芸錠・因幡錠など各地で和錠を進化させていきました。
中の板バネが多いもの、上下に板バネがついたもの、鍵穴をわからないように隠したカラクリ錠、また鍵を開けようとすると音が鳴るものなど様々。
江戸時代には盛んに作られていた和錠、やがて庶民にも鍵が必要になってきたころには外国からくる新しい南京錠が使われていたため、和錠のような装飾目的とした鍵は衰退していきました。
今では防犯性の目的として鍵は使われるようになりましたが、昔では皆が財を持っていたわけでは無く庶民は心張棒で戸を固定するぐらいで良かったのです。当時は蔵が財力を表すものでしたので、錠前も装飾としての役割が高かったのです。